立つ鳥跡を濁さず――事前準備としての死後事務委任

相続

「立つ鳥跡を濁さず」ということわざは、立ち去る者は自分の痕跡をきれいにして去るべきだという意味であり、日本人の美徳の一つとも言える精神を表しています。人が亡くなるときも同様に、残された家族や知人に迷惑をかけないよう、できるだけ事前に準備を整えておくことが理想的です。そうした準備の一つとして注目されているのが「死後事務委任契約」です。

死後事務委任とは何か

死後事務委任とは、本人が亡くなった後に必要となる各種手続きを、信頼できる第三者(親族や友人、または専門家など)に委任する契約のことです。これは、生前に本人と受任者との間で締結される民事契約であり、遺言とは異なり、主に死後の実務的な処理に関する事務を委託するためのものです。

たとえば、次のような業務が対象になります:

  • 葬儀・火葬・納骨の手配
  • 関係者への死亡通知
  • 賃貸物件の解約、住居の整理・退去
  • 公共料金の停止や契約の解除(電気、ガス、水道、携帯電話など)
  • 行政手続き(死亡届の提出、健康保険・年金の抹消など)
  • SNSやインターネット関連アカウントの削除
  • ペットの引き取り・引き渡し
  • 遺品整理や形見分け

これらの事務は、家族がいればその家族が担うことが一般的でしたが、近年では「おひとりさま」や子どものいない夫婦、親族関係が希薄な人が増えており、自分の死後を誰に任せるかは重要な課題になっています。

事前準備としての重要性

死後事務は法律で明確に義務づけられた「相続」や「遺言」ほど注目されないことが多いものの、実際には多くの作業があり、対応を怠るとトラブルや混乱を招くことがあります。たとえば、家賃が未払いになったり、公共料金の自動引き落としが続いたり、葬儀の手配が誰にもされないといったケースです。

そのため、以下のような準備が大切になります:

  1. 受任者の選定
     信頼できる人物を見つけることが前提です。親族に頼めない場合、弁護士や司法書士、行政書士などの専門職に依頼することも可能です。
  2. 契約内容の明確化
     委任する事務の範囲や具体的な要望(たとえば、無宗教の葬儀を希望する、音楽を流してほしいなど)を文書で明確にしておくことが、トラブル回避につながります。
  3. 契約書の作成と公正証書化
     口約束ではなく、正式な契約書を作成するのが原則です。可能であれば公正証書として残すことで、契約の存在や内容の証明が容易になります。
  4. 費用の準備
     死後事務にかかる費用(葬儀費用、遺品整理費用など)を生前に確保し、預託しておくことで、受任者が負担せずにすみます。信託や専用口座の活用も有効です。
  5. エンディングノートとの併用
     法的拘束力はありませんが、エンディングノートに自身の希望や情報を詳しく記しておくと、死後事務を担う人にとって非常に参考になります。

「跡を濁さず」の具体例

事前準備をしっかりしていたケースでは、死後にスムーズな対応が行われ、遺された人たちの心労も最小限に抑えられます。ある高齢の女性は、死後事務委任契約を行政書士と締結し、葬儀の形式、連絡先一覧、アカウント情報、遺品整理の希望、住居の明け渡し方法まで細かく指示していました。彼女が亡くなった際、受任者が迅速に手続きを行い、大家や自治体とのやりとりも円滑に進み、隣人や元同僚からも感謝の声が寄せられました。まさに「跡を濁さず」の実践といえる例です。

死後事務委任が今後さらに求められる理由

日本では高齢化と単身世帯の増加が進んでいます。内閣府の統計によると、2040年には全世帯の約40%が単身世帯になると予想されています。こうした社会構造の中で、「家族がすべてを担う」という前提は通用しなくなりつつあります。

また、デジタル遺品(スマホ、クラウド、SNSなど)の存在も、事後処理を複雑にしています。死後事務委任契約によって、こうした新しい課題にも対応する準備をしておくことは、現代において非常に合理的かつ現実的な選択です。

まとめ

「立つ鳥跡を濁さず」という精神は、死後にも引き継がれるべき日本人の美徳です。死後事務委任契約は、まさにその考えを実務的に実現する手段であり、残された人々に安心と感謝をもたらします。自分の最期をきれいに整え、誰にも迷惑をかけず旅立つために、元気なうちからの備えを始めてみてはいかがでしょうか。

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